以前、同じ道をパーシヴァルとともに馬で駆けたことがある。
 あの時の目的地も、今と同じだった。
 気晴らしにと豊穣祭に誘われ、パーシヴァルの故郷であるイクセの村を目指していたのだ。
 今、クリスは独りで馬を駆り、そこへ向かっている。
 それは、懐かしさと奇妙な浮きたちを感じる道行きだった。


 早朝にブラス城を出立して、殆ど休みを取らずにひたすら走り続けたために、予想よりも早く、イクセの村の付近までやってくることが出来た。
 空の陽はまだ中天に留まっている。上手くすれば、日没よりかなり早く到着することが出来そうだった。
 そう見越したところで、クリスはやっと一息入れようという気になれた。
 それまでは気持ちが逸って、無心に馬を駆けさせていたのである。
 付近の小川で馬の背から下り、愛馬に水を飲ませているときにその身体を撫でると、うっすらと汗をかいているのが分かった。
 クリスは浮き足立っている己の気持ちを自覚して苦笑いをし、愛馬に向かって
「済まないな。お前をつき合わせて」
 と声を掛け、鞍に括り付けた荷の中から布を探し出すと、汗で湿った白馬の身体を丁寧に拭ってやった。
 それから、やっと自分も木の側に腰を降ろして、昼食のパンとチーズの入った袋を開く。
 それを食べながら、合間に水筒の水を飲んで、自身の喉の渇きも癒した。
 遅めの昼食をとりながら、クリスはぼんやりと青い空を見上げた。
 ――今さら、何故自分はここにいるのか、と考えていたのだった。
 サロメに休暇を勧められたからでもあり、昔の同僚の顔を見に行くからでもある。
 これが、クリスにとって独りで過ごす事が出来る最後の休暇だということは、クリス自身も悟っていた。
 これ以降は、多忙と、背負った責任がそれを許さなくなるだろう。
 だからこそ、今、ブラス城の外を見ておきたいという気持ちはあった。
 ……けれど、それが何故、イクセの村でなければならなかったのだろう?
 クリスは自問自答した。
 朝から馬を駆けさせながら、クリスの中ではその疑問が払拭されずにしこりの様に残り続けていた。
 パーシヴァルには、会いたい。
 めっきり音沙汰のない彼がいまどうしているのかも、知りたい。
 しかしそれがどんな意味を伴うのかというところまで思考が及ぶと、途端にクリスの頭はぼんやりと頼りなくなるのだった。
 それを振り払いたくて、ひたすら走り続けていたのだが、答えが見つからないうちに、とうとうイクセの村へと到着してしまいそうである。
 クリスは小さく溜め息をついた。
 この気持ちを、クリスは誰かに他言した事はなかった。
 普段から周囲は男性ばかりであり、やはり私的な事は同僚には相談しづらい。しかも内容が内容なだけに、サロメにも言ったことはなかった。
 もともと自分の事には不器用なクリスは、自分の感情を仕舞い込んで蓋をしたままにしていのだが、そろそろそれが通用しなくなっている事を感じ、今頃になって悩んでいたのだった。


 昼食を終えたクリスは、動きの鈍くなった身体を無理に動かして、再び愛馬の上に跨った。
 馬上で受ける風の清々しさに、少しだけ気分が晴れる。
 馬の背を優しく叩き、気持ちを切り替えると、クリスはイクセの村の入り口を目指して、馬を歩かせたのである。


  ・・NEXT・・・・



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